日本での歴史①

ここでは、四柱推命の日本での歴史についてご紹介する。

四柱推命は中国古代に成立した占いで、十干と十二支を組み合わせた六十干支によって人のさまざまな運勢を占う。

その歴史は非常に古く、長い年月をかけて研究されているが、とても奥が深く難解な学問とされている。

しかし、その分、的中率も非常に高いことで有名である。

四柱推命は、もともとは中国で行われてきた占いだが、のちに日本にも伝播した。

四柱推命が日本に紹介されたのは、仙台藩の医者であり、儒学者であった桜田虎という人物が「淵海子平」という書物を翻訳したのが始まりとされている。

「淵海子平」は中国の宋代の徐大升という人が著したもので、先に四柱推命を研究していた徐子平の研究をさらに発展させてまとめたものである。

日本での歴史②

桜田虎門が「淵海子平」の訳本、「推南書」を刊行して以来、四柱推命の研究は多くの学者によって行われた。

現代の日本における四柱推命の流れは、阿部泰山から出ているといわれる。

阿部泰山というのは明治の人で、四柱推命をいくつかの本にまとめた。

それ以後も四柱推命の研究は幅広く行われ、今ではさまざまな流派がでている。

四柱推命では、健康、性格、適職、恋愛、財運など、人間の暮らしにかかわることほぼすべての運勢を予測することができる。

なお、四柱推命という呼び方は日本だけのもので、本家、中国ではこれを宋代の徐子平の名前と「淵海子平」のタイトルから、「子平」または「子平八字」「八字」などと呼ぶのである。

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